Google誕生と、世界を変える三つの条件~iPhone誕生物語(3) – Yahoo!ニュース 個人

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■Google、あるいは人工知能ブームの震源

 1950年代、トランジスタが登場するとふたつの世界を変えた。

 ひとつは音楽の世界だ。

 Sonyの井深大が創造したポータブル・トランジスタラジオは、音楽をひとりひとりのものにするパーソナル・オーディオの世界を切り開いた。そしてポータブルオーディオは世界の10代にロックが広がるのを支え、レコード産業の黄金時代を再来させた(※1)。

 もうひとつはコンピュータだ。トランジスタの登場でコンピュータの進化は一気に加速した。

 ユーザー・インターフェースの定義をご存知だろうか? それは本来、操作画面の設計・デザインのことではない。そのもっと奥にあるもの、すなわち「コンピュータと人間の相互作用」をとらえた言葉だ。

 1950年代、ユーザー・インターフェースの未来、あるいはコンピュータと人類の将来像をめぐってコンピュータ科学の天才たちは二派に分かれた(※2)。

 優勢だったのがAI(人工知能)派だ。コンピュータはやがて人間に等しい知能を持つ。人工知能こそが、計算機械と人類の間にあるべき正しいインターフェースだとAI派は信じた。SF小説のようで夢がある。AI派は人気があった。

 ユートピア的なAI派に対し、「機械が知能を持つことは無い。コンピュータは人間の知能をサポートする道具、インテリジェント・アシスタント(IA)であるべきだ」と唱える現実派がいた。IA派だ。人気がなかった。

 続く1960年代、研究開発の実権を握ったのはAI派だったが、結果は惨憺たるものとなった。プログラムが知能をもつことはなかったのだ。

 それで1970年代は現実主義のIA派が主導権を奪い、人類は実際的なユーザー・インターフェースの開発に勤しむことになった。その結果生まれたのが、アラン・ケイのGUIだ(前回)。

 1980年代、ジョブズやゲイツたち起業家の活躍でGUIは商用化され、コンピュータは「頭脳労働を助ける道具」として世界に普及した。Macの登場時、ジョブズは「脳の自転車」という比喩を好んで使った。

 音楽でも同じことが起こった。

 作曲するAIプログラムは使い物にならなかったが、作曲を助ける道具、シーケンサーをミュージシャンは重宝した。ほとんどの音楽家にとってVisionやPerformer(DTMソフトの老舗)との出会いは、魔法のようなGUIに感動した最初のできごとだったろう。

「AIが人間のように心を持つ必要はないのではないか」と考える現実的なAI派があらわれたのは、1980年代の終盤だった。

 完璧に作ったプログラムに、完全なデータをインプットする。そうすればコンピュータは世界を正確無比に理解し、人類は一点の曇りなき正解を得られる…。こうした演繹的なUIがコンピュータの目指す世界だと、古典的なAI派は信じてきた。

 しかし、そもそも知性というのは不完全さが本質ではないのか。

 人間は正しいと信じて間違い、修正してようやく正解に辿り着くではないか。知性が持つ根本的な欠陥をポジティブに捉えたジュディア・パールは、AIに演繹的な完璧性を求めるのではなく、「だいたい合ってる」答えに、すばやく到達する存在にすればよいと気づいた。

 コンピュータに、不完全でもいいから大量のデータを与える。そして主観的なだいたいの統計処理でデータマイニングして、「だいたい合ってる」ぐらいの感じでナレッジベースを構築してゆく。

 そうすれば質問にたいして、AIはだいたい合ってそうな正解の候補群を見繕えるようになる。答えの候補リストを人間に返すユーザー・インターフェースのできあがりだ。

 お気づきの方もいるかもしれない。10年後、Web検索エンジンはこの実用例として登場することになる。アメリカでNo.1の人気を誇る音楽配信Pandoraの人工知能も、その応用である。

 パールは考えた。これならAIが心を持つ必要はない。AIは主観的統計法(ベイジアンネットワーク)にしたがって確率計算しているだけだ。帰納的なアプローチで、心のないAIの方を作ったほうが人間の役に立つという寸法だった。

 帰納法は演繹法と違って、間違える。だが、間違えたら修正を施せばいいのだ。チューニングは機械学習で追々進めてゆけばよい。

 彼ら「杜撰なAI」派の考えはプラグマチックであったが、実用化にはボトルネックがあった。莫大な費用だ。

 機械学習が精度を高めてゆくには、途方も無いビッグデータと、巨大な基地のごとき情報処理施設が要ったのだ。

 歴史は繰り返すという。

 ゼロックスの研究所でジョブズやゲイツがアラン・ケイのGUIに出会ったように、1990年代なかばに、ジュディア・パールから始まる「杜撰なAI」に出会った学生がいた。

 大学で、ユーザー・インターフェースを専攻していたラリー・ペイジである。Appleにいたインターフェースの導師、ドナルド・ノーマンの名著『誰のためのデザイン?』を彼はバイブルにしていたという。

 ある日、教授のところに来たペイジは言った。

「ウェブをダウンロードして、インターネットの構造を解析してみたいのです」

「大学のネットワーク管理者に申請しよう。ディスクでいうと何枚分のデータが必要になるかね?」

 そう教授が尋ねると、想定外の答えが帰って来た。

「インターネットのウェブすべてをダウンロードしたいのです」

 途方もないことを事も無げにいう大学院生に、教授は眼を丸くした。幼少時から、途方も無い理想を本気で言い出すのが、ペイジの気質だった。

 ウェブはリンクが張り巡らされている。このリンクを「ウェブの構造」として捉え、解析できればいい。ウェブの構造すべてを機会学習してナレッジベースに落とし込めば、すごいAIができあがる。そうペイジは着想したのだ。

 同じ研究室には、史上最年少でスタンフォード大学院に進学したセルゲイ・ブリンがいた。

「百万年ぐらい飛び級した感じ」と評した同級生がいたように、ブリンには天才的な数学力が備わっていた。博士論文の課題を探していたブリンは、ほとんど夢想のごときペイジの課題を聞きつけ、共鳴した。

 それでペイジのアイデアは、ブリンの天才的頭脳によって、5億の変数を持ちつつも極めてシンプルで美しいアルゴリズムに結実した。ペイジリンクの誕生である。

 この時、世界にコペルニクス的転回が起きた。

 それは30年間、GUIを代表とするIA派に打ちのめされてきたAIが、ようやく「使える」ユーザー・インターフェースとして復活した瞬間であったのだ。

■世界を変える三つの条件

スタンフォード大学の寮内で誕生したGoogleのサーバー第1号。サーバー数は2017年に250万台を超えた。Photo : Wikimedia Commons
スタンフォード大学の寮内で誕生したGoogleのサーバー第1号。サーバー数は2017年に250万台を超えた。Photo : Wikimedia Commons

 Googleが誕生する前から、検索エンジンはいくつかあった。AltaVistaなどがそうだ。

 だが、本質的な欠陥があった。

 世界にウェブサイトが増えるほどに検索速度と精度が落ちていったのだ。いっぽう、初めからAI理論を応用したGoogleは違った。ビッグデータを機械学習する手法を確立したGoogle検索は、データが増えれば増えるほどに精度と速度が上がっていった。

 学生コンビのペイジとブリンは、起業にあまり興味が無かった。とりあえずYahoo!、Excite、AltaVistaなどに技術を買い取ってもらおうと1年余り動いてみたが、すべてに断られてしまった。

 それで仕方なしにGoogleを起業した。

 1998年9月のことだった。同じく学生のショーン・ファニングが、ピアーツーピアー技術を着想。音楽産業を破壊したのみならず今の仮想通貨の基礎にもなっている。韓国ではMP3プレイヤーの先駆けMPManが登場。年末には日本でiモードが発表され、ポストPCの時代が着々と準備されていく。

 Windows 95のブームからわずか3年目で、はやくも次の時代が胎動を始めていたことになる。

 検索エンジンでは後発だったGoogleだが、その圧倒的な検索の精度はオタクやエンジニアの間で、すぐにカルト的な人気を博した。だが当のふたりはインタビューに対し、検索エンジンの現在に全く満足してないと答えた。

「ユーザーをいつも満足させるためには、世界の全てを理解する必要がある。コンピュータ科学の用語で言うと、僕らは人工知能を創っているんだ」

 そうペイジは言い、さらにブリンが、Googleの目標は検索サイトではないと宣言。検索エンジンの創業を取材に来た記者の目を白黒させた。

「質問が頭に浮かんだ瞬間に、答えを渡せるのがGoogleの理想だ。人間と同じくらい賢くなる必要がある」

 ブリンがそう言うと、ペイジが「それが究極の検索エンジンだ」と継いだ。

 そして「百万台のサーバーを持つ会社になる」と途方も無いことを断言。記者たちの方は、まともに取り合う気を失ったようだった。だが無理もない。ペイジの創ろうとしているクラウド・コンピューティングの世界は、人類の誰一人、経験したことはなかったのだから。

 だが、ペイジの壮大なビジョンは磁石のように才能を吸引した。起業からわずか一年で、コンピュータ科学のトップ・エキスパートたちが、自転車屋の二階にあったGoogleに集結したのである(※3)。

 われわれはここに、歴史を画すイノヴェーションを巡り、繰り返されるパターンを認識できる。

 天才発明家と称される井深大に出会った盛田昭夫は、「世界一クールなハイテク・ブランドを創る」というビジョンを掲げる。その旗印にエレクトロニクスの一流エンジニアたちがSonyに集まった。

 IQ200の頭脳を持つスティーブ・ウォズニアックは、「世界を変える」と信じたスティーブ・ジョブズと出会い、地上にパーソナルコンピュータが誕生した。ジョブズが掲げるビジョンの元に、超一流のコンピュータ・エンジニアたちが集結した。

 今の仮想技術を誕生させることになるピアーツーピアー技術は、天才的なプログラマーだった大学生ショーン・ファニングが発明した。彼にショーン・パーカーが出会うと「音楽産業を変える」という情熱に取り憑かれた。Napsterには当時最高クラスのネットワーク・エンジニアが集結した。

 ビジョナリー、超一流テクノロジスト、それを慕う才能の集結。

 この3項で成り立った組織が、本物の破壊的イノヴェーションを起こすようだ。逆に言えば、起業熱だけを若者に煽ってもダメなのではないか。

■AppleとGoogle。王と、次の王との友情

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▲Google共同創業者のセルゲイ・ブリン。ブルーズギターが趣味で、クラプトンやキース・リチャーズ、ラルフ・マッチオから特別レッスンを受けるのが彼の贅沢だ。ジョブズは若きペイジとブリンの師匠となったが、特にブリンとの散歩を愛したという。Photo : Wikimedia Commons

「検索は儲からない」

 それが当時、シリコンバレーの常識だった。だが、幸運にも投資家に、Amazonのジェフ・ベゾスCEOや名門ヴェンチャーキャピタルのKPCBを得ることができたのだった。

「一流のCEOを雇うこと」が出資の条件ですよ、とKPCBのジョン・ドーアは若い二人に語った。成功の鍵はビジネスモデルの確立と見ていたからである。

 だがしばらくすると「CEOというものがよくわからないので、雇いたくない」とペイジたちが言い出し、彼は参ってしまった。

 これは、CEOのお手本を見せるしかない…。ドーアは考えた。

 シリコンバレーの絆だろう。

「見込みある若者がいるから、CEOとはどんな仕事をするものなのか、教えてやってくれませんか」とドーアが友人たちに頼み込むと、錚々たる人物たちが応じてくれた。そのひとりがスティーブ・ジョブズその人だった。

 ジョブズはふたりがすっかり気に入った。

 当時、iPodの開発に没頭していたジョブズの情熱に、若者ふたりも胸を打たれた。最高のサービスを創るには最高の会社が要る。最高の会社を創るには最高のCEOが要るのだ。そうわかったペイジたちはドーアに報告した。

「GoogleでCEOを雇うならスティーブ・ジョブズしかいません」と。

 ドーアは椅子からずり落ちたという。

 ともあれジョブズの感化を受けたふたりは、CEOを正しく選ぶことができた。エリック・シュミットだ。温厚な賢人、シュミットは才気溢れるふたりとトロイカ体制をつくり、理想的な経営が実現した。少ししてアドワーズという最強の広告モデルも見つかった。

 やがてパロアルトの丘やクパティーノの緑道では、ジョブズがトロイカのひとりを連れて散策する姿をよく見かけるようになった。スカリーとジョブズの在りし日のごとく、ジョブズはブリンとペイジのメンター(師)となったのである。

 ジョブズは特にブリンを散歩によく誘った。天才的知性を持ちつつも、まるで人がよくておしゃべり好きのブリンに、若き日の相棒ウォズニアックの面影を見ていたのかもしれない。

「シリコンバレーの現国王、そしてやがて王となる男とが、王国の未来図について語り合っているかのようだった」

 とスティーブン・レヴィは自著に書き記している(※4)。それはGUIで隆盛したIAの国と、Webで新興するAIの国との同盟関係にやがて繋がっていった。

 IAの王が生み出すiPhone。そしてAIの王が生み出すクラウド・コンピューティング。まだ見ぬ両者が交差する時、世界が変わる運命が待っていた。そしてiTunesでも救えなかった音楽産業の病も、ついに治療法を見出すことになるのだった(次週へ続く)。

本稿は「未来は音楽が連れてくる Part 2 スティーブ・ジョブズが世界の音楽産業にもたらしたもの (OtoBon)」の続編(夏 発売予定)をYahoo!ニュース 個人用に書き直した記事となります。

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※1 榎本幹朗『未来は音楽が連れてくる Part1 日本が世界の音楽業界にもたらしたもの』エムオン・エンタテインメント 第3章

※2 小林雅一著『クラウドからAIへ』朝日新聞出版 (2013年)

※3 Steven Levy (2011) “In The Plex: How Google Thinks, Works, and Shapes Our Lives”, Simon & Schuster, pp.35

※4 Idem., pp.218






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