パナソニック変化の象徴、MS樋口泰行氏が取締役就任する意味

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業界人の《ことば》から
第237回

2017年03月14日 09時00分更新

文● 大河原克行、編集●ASCII.jp

今回のことば

 「2018年に創業100周年を迎えるパナソニックを活性化させ、さらに50年、100年続く会社にするために役に立ちたいと考えている」(日本マイクロソフトの樋口泰行会長)

100周年目を取締役として迎える

 日本マイクロソフトの樋口泰行会長が、2017年3月31日付けで同職を退任し、4月1日付けで、パナソニック入りすることになった。

 パナソニックでは、4月1日付けで専務役員に就任するとともに、同日付けで、AVCネットワークス社から名称を変更する社内カンパニーの「コネクティッドソリューションズ」の社長に就任する。また、6月29日付けで代表権を持つ取締役に就任する予定だ。

 パナソニックでは、専務以上の取締役は全員が代表権を持つが、新たな体制においては、その制度を廃止。11人いる代表取締役を4人に減少する。樋口氏は、この4人のうちの1人となり、連結従業員数で24万9520人、連結対象会社数では全世界に475社を持つパナソニックの経営に参画する。

 かつて、小売大手のダイエーの社長として、その再建に尽力したこともあったが、従業員数で約2000人の日本マイクロソフトの経営トップからの転身は、まさに異例ともいえるだろう。

 経営の専門家として、樋口氏に対する期待が大きいことが伺われる。

 この驚くべき人事が発表されたのは、2017年2月28日午後4時。翌日の3月1日は、樋口氏が2007年3月1日にマイクロソフト(現日本マイクロソフト)入りしてから、ちょうど10年の節目。この節目の日に樋口氏は社内にメールを配信して、自らの思いとパナソニックに入る決意を、日本マイクロソフトの社員に伝えた。

 「私自身日本マイクロソフトに入り、ちょうど10年目の節目になった。また、平野(=平野拓也氏)に社長を引き継いで、1年と3四半期を経過する。そろそろゆっくりしようかとも思ったが、縁があってパナソニックに行くことになった」と語る。

 そして、3月7日を創業日とするパナソニックは、その日から創業99年目に突入。樋口氏は99年目からのパナソニックの経営の一角を担い、その立場で同社100周年を迎えることになる。

 樋口氏は、1980年に大阪大学工学部を卒業後、松下電器産業(現パナソニック)に入社して社会人生活をスタート。12年間を同社で過ごした経験を持つ。

 いわば古巣に戻ったともいえるが、一度退社した人材がボードメンバーとして復帰するのはパナソニックでは異例の人事だ。

 樋口氏も「私がパナソニックで働いていた当時は、一度パナソニックを出て行った者は裏切り者であり、二度と敷居をまたがせないという雰囲気があった」と語る。そして、それはつい最近まで続いていたとも指摘する。

 裏付けとなるのが、先頃樋口氏がパナソニックで行なった講演でのエピソードだ。これは、樋口氏のパナソニック入りが正式発表される前の話だが、現場ではかなり前から樋口氏に講演依頼をしたいと考えていたものの、「一度パナソニックを辞めた人に、講演をお願いしても上からの承認がおりない」という理由で、講演依頼を断念していたという。

 樋口氏は「そうした会社に入ることになって、自分でも驚いている」と笑うが、「パナソニックが変化していることの証でもあり、そのなかで私がひとつのモデルになればと思い、もうひとがんばりすることにした」と、パナソニック入りの理由を語る。






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